志人の音源紹介

何点か買い逃したものもありますが、志人の音源はほぼコンプしているので、ご紹介いたします。量が多いので、ぼちぼち更新していきます。入手困難品が多いと思いますが、興味を持たれたかたは何とかして手に入れていただければと・・・

アヤワスカEP

2005年10月発売。「アヤワスカ」はこの12インチにのみ収録されている。志人の作品の中で、最も手に入れづらいものの一つだろう。ラップは志人のみ。トラックはonimasのみ。降神の「望」とHeaven’s 恋文の間で零れ落ちた曲、という印象。曲自体がまさにそのように二つに分かれている。

Heaven’s 恋文

志人/玉兎名義の作品。2005年12月の作品。志人ソロアルバム全国流通1作目にして、TempleATSが「暴力こそ表現」という地点から離れた記念碑的作品。20曲というボリュームで、トラックメイカーはほとんどがTempe ATSの面々だが、1曲 jemapurがトラックメイカーとして参加している。同曲にはSOARというラッパーがfeatしている。志人がなのるなもない以外とラップするのはかなり珍しい。

志人がその後もテーマの一つとして表現し続ける「家族」が初めて真正面から描かれた「LIFE」収録。家族と離れてしまったものの思いと追憶が歌になっている。

この 都会に お帰り

LIFE

という詩があり、この頃志人はまだ「街」の音楽を鳴らしていた。

GREAT SPIRIT

2007年7月に発売されるはずだったが、発売中止になった幻のアルバム。曲名まで発表されていた。

  1. U-foria
  2. Great Spirit
  3. Eu Haere Ia Oe
  4. Repetition At Dawn
  5. Evadaed Rabbits
  6. Documents
  7. Plutonium
  8. Wan Chara Wi Cyo Ni

「Eu Haere Ia Oe」 は、2017年に発売された「てけてんすくてれすくてんすくす」に収録されている。この曲のトラックはJEMAPUR。JEMAPURが2008年11月に発表した「EVACUATION」というアルバムには、「Repetition At Dawn」という曲と「Documents」という曲が収録されている。「Panter Time」というトラックは「Eu Haere Ia Oe」のトラックそのものだ。GREAT SPIRITは、JEMAPURとがっつり組んだ作品だったのだと思う。発売中止の作品の詮索とは無粋だが、やはり触れないわけにはいかない。

円都家族

2009年5月の作品。当時でも過去のものとなっていた8cmCD形態でリリースされた。DJ DOULBEEとの共作。とんでもない相性の良さがある。志人もDJ DOULBEEも、音の輪郭にだいぶ余白があるが、それが輪郭のはっきりしたヒップホップのビートに乗っている、というかなんというか・・・。父と母と僕のセリフと描写で構成されたラップ。すごすぎる。

ジレンマの角

2010年6月発売のアナログ。志人とDJ DOLBEEの共作。志人の声が完全に出来上がっている。ジレンマの角に圧倒された後、そのインストが収録されている。なぜこれでラップできるのか?トラックメイカーはなぜこれで完成だと思ったのか?そもそもこのトラックはスタートしているのか?なぜこんなところに到達できたのか。わけがわからない傑作。明晰夢からの挨拶盤。

特典CD-RにはすでにNIRVANAが収録されている。「君は太陽」のデモも収録されている。デモとは言えない素晴らしい録音だ。トラックメイカーの表記がない。DJ DOULBEEではないと思う。ON TODAでは絶対ない。もろにギターが効いててコードのあるトラックだから。440かKOR-ONEのどちらかではないだろうか。頼むから特典CD-Rにこんないいものいれないでくれ。

TRIUNE GODS / SEVEN DAYS SIX NIGHTS

2011年1月発売。志人の才能に惚れ込んだGRANMA MUSICが引き寄せた、日本、アメリカ、カナダの三人によるチーム作。カナダに集まった三人が、タイトルどおり一週間でつくった作品。まさかの傑作。志人の詩に「森」が登場することも聞き逃すことはできない。志人の制作環境を離れたことで聞けるトラック、アートワークがうれしいが、やはりどこへいても志人は志人。SAME TRAINは必聴。

微生物 EP

2011年6月発売。6曲収録のEP。トラックメーカーはTriune Gods人脈と思われるカナダのSally Paradise、おなじみ Mongoika、440、ポーランドのNAPSZYKLATなど、曲によってバラバラ。

微生物のうたの

それは微生物が君を見ているんだ

微生物のうた

という詩など、曲調もあいまって大変かわいらしく聞こえるが、オフィシャルホームページには

ある夜、涙を流して集った男達がたった一夜で作った音楽

と紹介されている。

異色なのは、5曲目の「心にいつも平和を抱いて」だ。トラックは440なのだが、志人の曲には珍しく、かっちりしたポップソングのコード進行で、ベースはレゲエ調である。詩も「青年BOY / 玉兎」という変名で作詞されており、タイトル通り「心にいつも平和を抱」くことをアイロニーなしで歌っている。志人の作品の中で最も異色の曲ではなかろうか。しかし志人に猛毒を期待するファンも、後半の

高波に抗い赤紙に逆らいて雨ざらし

心にいつも平和を抱いて

から始まるたたみかけには、圧倒されざるをえないだろう。

Zymolytic Human ~発酵人間~

2012年3月発売。カナダのモントリオール人脈との作品。圧巻は「狐の嫁入り」。志人は森の歌と同時期に、日本昔話?に出てきそうな情景を獲得している。この曲でそれが初めて作品として発表されたのではないだろうか。この歌自体にも「神様が棲む村のうた」という詩が出てくる。志人には森と神様が棲む村があり、それはこの後、詩種と明晰夢に結実していく。

リズムは3で割ったり6で割ったり12で割ったり、念仏のごときフロウ、民謡のごときフロウなど、そもそも異次元にいた人物が、また別次元へ旅立ったかのごとし。これが外国人の伴奏にのるとは、不思議なような不思議でないような。

「遺稿 改 生こう」はビートレスの独白。「ジレンマの角」とこの曲は、あまりに生々しく、この時期の志人を知るうえで欠かせられない作品だと思う。

詩種

2012年8月発売。ピアニストのスガダイローとの共作。イタチと白猿と天狗たちの世界と、森の中の志人。作品自体、二つの世界が絡まっているのだが、一つ一つの曲もスガダイローと志人が絡まっている。ピアノと並走する金色の蛇=サックスのごときフロウ、そして蛇の一匹一匹が言葉をもっているとしたら?これが志人の恐ろしさだ。圧倒的傑作。すべてはテンがうたた寝している間の物語。作品タイトルは詩種(うたたね)。その種の正体は白猿のハナクソ?面白すぎる。この作品を聞かないという選択肢は存在しない。

ひねくれてしまった登場人物の「イタチ」のときの志人の声が非常にいい。一言でいうと生意気な声。降神のころのよう。志人の強烈な個性の一つに「生意気」というのはあると思う。それを、昔よく使ったハサミをちらっと出すように、今もサッと使われると、非常にシビれる。声に表情まで出されたら、もうどこまで行ってしまうのよ、と思う。

志人 CHIYORI LOSTRAINS / 家の庭

2013年11月発売。コーラス・デュエットでCHIYORI氏、バックバンドにLOSTRAINSという編成。既発曲が多く、それをレゲエ寄りのバンドが伴奏したら、という内容。中古価格が高騰しているので、このアレンジ・編成がいいと思う人が多くいると思うのだが、私はむしろこれを聞いて、自分はTempleATSの面々やDJ DOULBEEがつくる余白が多いトラックと志人の歌い方という組み合わせに魅力を感じているのだ、と思った。

「君は太陽」が気に入った人は、なんとかして「ジレンマの角」のアナログ盤に特典CD-Rがついたものをゲットしてほしい。

「三つ巴」 スガダイロー・レオナ feat.志人

2014年9月29日 velvet sun でのパフォーマンス。velvet sunはこれほどのパフォーマンスを無料で公開していいのだろうか。志人とスガダイローとタップダンサーのレオナさんによるセッション。休憩をはさんだ2時間20分で一つの作品と捉えるべきだろう。朗読とフリースタイル、ジャズとラップ、タップダンス、シャボン玉とんだのメロディーが混然となっている。しゃべりまくる主人公と、しゃべらないたぶん自閉症の同僚。

絶対に残してほしい、音源化してほしいパフォーマンス。凄すぎる。

レオナさんの旦那さんはコントラバス奏者の瀬尾高志さんであるようだ。彼は七尾旅人さんのバックを務めることもある。夫婦で偉大な歌手の歌に寄り添っているのだ。なんて夫婦だ。

明晰夢

2015年9月発売。14曲入り。トラックはDJ DOLBEEのみで、2002年から2015年まで制作した作品が収録されている。定価はCD作品1枚にしては高めの四千円(税抜)なのだが、まったく文句ない傑作である。

志人は街の音楽を鳴らすことでキャリアをスタートさせたが、しだいに森の音楽を鳴らすようになった。常に素晴らしい作品をのこしているのだが、ファンとしては「また街に戻ってきてほしいな」と思うことがあったが、私はこの作品を聞いて、もう街に戻ってこなくていい、森の奥の奥まで、ていうかどこへでも行ってください、と思いました。

2009年に8cmシングルとして発売された人気曲「円都家族」、橋の上・毛細血管の中・砂漠・映画館を悪夢的にさまよう男の独白がビートレスで語られる「絵ノ中ノ絵画」、志人がたびたび話す、小学生のころ教師に「病」扱いされたことを歌った「ETERNAL FAMILY」、民謡とラップの圧倒的傑作「公安所持盗難散弾銃」。曲のよさを挙げていくときりがないです。

フリージャズが起こる瞬間を紡いでいくようなDJ DOLBEEという人は誠に不思議な音楽を作りますが、志人との相性が半端ないです。

杣道

2016年6月発売。志人とDJ DOLBEEのタッグ再び。杣道についてはこちらに書いております。志人の最高傑作(2020年時点、ブログ筆者の感覚)。

マツゑツタヱ

2017年12月発売。同年10月15日に島根県松江で行われた、志人の実体験を基にした怪談・奇談の企画を録音した奇盤。神様が棲む村には魔もあらん、ということか。背景音楽を次元(aka ON TODA)が担当しており、「カムトナル」も劇中歌のように登場するので、初のライブ盤と捉えることもできるが、基本は志人の怪談話。志人が街から森へ移るまでに起こったことが描写されている。

私は七尾旅人さんと志人に長い間強く惹かれているのだが、二人ともしゃべることと歌うことに違いはあるのか、ということに取り組んでいるように思う。また、怪談のさなか志人のおじいさま、おばあさまは四国の出身という話がちらと出てきて、ここにも七尾旅人さんとの共通点が。もしや同じルーツ?と妄想は膨らむばかりである。

この作品を楽しめるのは、相当な志人マニアだと思う。初心者には手を出してほしくない。少なくとも志人を10年聞いてから手に取ってほしい一枚。

一点解せないのが、怪談が終わって8曲目に「古事変奏第三番 三猿富士踊 庚申講」という曲が収録されているのだが、これはどうも松江での演目ではないようなのである。2016年5月に行われた公演での一節なのか?なぜこれが8曲目に唐突に登場するのだろう。オフィシャルの情報には何もアナウンスがない。話は逸れるが、この曲で三味線を弾いている田中悠美子さんはそういえば以前七尾旅人さんと意気投合してセッションしていたように記憶している。
詩が古い言葉で語られており、内容がよくわからない。なぜこの曲がこの作品に収録されているのか、今後調べていきたい。

映世観 -うつせみ-

2018年9月発売。dj aoなるトラックメイカーが登場する。外を遮断する主人公と、障がいをもっていると思われる少年が公園のシーソーに乗る様子を描写した「門外不出」。谷川俊太郎が言う「ガクブチに入れて眺めちま」いやすいモチーフかと思うが、当然そんなことは志人には当てはまらない。面白い。

「線香花火」は限界集落のノスタルジーに焦点をあてている。ものさびしさが漂うが、リズムの取り方が変わる箇所やフックがひたすらに気持ちいい。どの年齢の人が聞いても面白いのではないだろうか。志人の歌い方に裏声がでるのは、けっこう珍しいように思う。

派手な表現はなくアルバム全体にさびしい感覚が通底しているが、なかなかどうして良作である。

意図的迷子

2018年12月発売。志人が本当に久しぶりに「街」の「怒り」で表現をスタートさせる「”ズラカリ” 凶暴徒化スト運動 -金感情癇癪尺貫法ノ変- 」収録。しかし2バース目

この軽はずみな狂言も言霊の一つ

そのアヤを殺めもっと心の深い処に行くぞ

”ズラカリ” 凶暴徒化スト運動 -金感情癇癪尺貫法ノ変-

と宣言してからは、歌の趣が変わる。どうも志人の特定の大切な人に向けられた言葉と思われる箇所があり、ファンとしては気がかりである。
しかし、これだけ怒り狂ってもダンサンブルであることは、確かに志人の原点なのかもしれない。怒り狂っているようであるが、その言葉の内容は「杣道」とそれほど違わないように思う。志人の向かっている対象は同じだが、志人のいる方角が異なるというか・・・
森羅万象を表現するのが志人だが、志人自体が森羅万象なのだ。

別冊歌本「さいならまったいら」も発売されており、そこでこの曲の詩と、志人自体が描いた風刺画(これがまた面白い)に43ページ割かれている。とんでもないエネルギーをこの曲に捧げたようだ。この志人のエネルギーに寄り添えるのはON TODAのトラック。この人たちには10分の曲も2つのコードでいいのだ。格が違いすぎる。

心眼銀河

2021年5月発売。志人が初めてトラック制作も行った、歌詞カードでは可視化できない詩世界を表現した書契がある、CDを包んだ半紙は柿渋で塗られており「到着時、若干発酵臭がする可能性があります」というアナウンスがあった、もはや歌の主人公は森にもいない、などトピックが多すぎる作品。

書契は100ページを超え、一曲の歌詞をワープロで打ったもの、さらにそれを分解したもの、筆で書いたと思われるもの、をさらに千切って写真に撮ったもの、さらにそれぞれの言葉の音から暗示される別の可能性が横に並べられたりしている。幕末~明治のころらしい古い紙に執拗に刺々しく書かれた大量の文字など、見ていて禍々しい印象すら受けるが、歌になるとどれも軽やかで、所々子供に向かって歌いかけているようにも感じる。

収録曲中最も軽やかな8曲目「詠阿環空因河」、続く「夢遊趨」二曲で一曲のような中盤が素晴らしい。読み方に困るが、歌にでてくる「SING A RING A INGA」という一節を和訳したのだろう。歌のリズムが大きく5つ異なるのだが、単純にラップとしてかっこよく、とっつきやすくもあった。

TempleATSのネット販売で買うと、毎回添え状が入っているのだが、今回のは

「此ノ度」と書いてあるのだろうが、「度」の字がどうもおかしい。これは何なのかとしばらく見て「度」を「旅」という字で挟んでいることに気づいた。これは、この作品がリスナーの環境と合わさって始めて成立する、というコンセプトにのっとった志人からの挨拶だろう。

私の奏でた音と 貴方の空間の音が 相まって 出来上がる心眼銀河には その 空きが あるつまり 貴方をもって ようやっと 結びつく

TempleATSストアの作品紹介文

添え状からして志人に仕掛けられているのだ。これが曲中に散りばめられている。どれほど大変な作品であるか、その気配が柿渋のにおいとともに漂ってくるのではなかろうか。